大須は萌えているか?

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体罰を与えるメリットってなんだろね

なんか最近の自殺事件やら女子柔道のアレやらで、体罰に対する問題意識が高まっているワケですが。一方で、体罰をすべてNGにしてしまうのもどうよ、という視点もあるワケです。

市教委によると、女子生徒が授業中に携帯電話を触っていたため、授業をしていた別の教諭が注意。女子生徒が言うことを聞かなかったため、授業終了後、男性教諭が呼び出して注意している際に女子生徒の頭を平手で1回たたいた。

男性教諭は「素直に非を認めなかったので手をあげた」と話している。男性教諭は直後に女子生徒と保護者に謝罪したが、女子生徒は数日間欠席したという。

via: 中学教諭、女子生徒の頭たたく 授業中に携帯電話触り - MSN産経ニュース

そりゃー授業中に携帯をいじっていたら注意されるのは当然だと思うし、叩かれるのも仕方ない……とも思えてしまいます、が。体罰がなんで問題になるかと言ったら、体罰という行為そのものよりも、体罰を与える側と受ける側の信頼関係が無いからだと思うんですよね。

これは推測になっちゃうんですけど、上記のニュースの件だと、この男性教諭はなんでこの生徒が注意されても携帯いじりを止めなかったのか、なんで素直に非を認めないのか理解できなかったんだと思うんですね。で、理解できない思考の持ち主には口で言ってもダメだというんで、手が出てしまうというパターン。

でも生徒には生徒なりに、そういう態度を取る理由があったハズなんですよね。この生徒の視点から考えると、自分の気持ちも理解してくれようとしないまま叩かれた、というコトになるんじゃないかなと。そしてますます教師たちが信用できなくなって、数日間欠席コースみたいな。

この体罰というのは、建前としては教育の一環であるハズだと思うんですが、そうであるならば体罰の受け手に取ってプラスの効果をもたらすモノでなければ意味無いですよね。でも、この体罰というのは生徒にとってなんのプラスにもなっていないワケです。むしろマイナス。せいぜいが、この男性教諭が生意気な生徒の頭はたいて少し気分が晴れたくらいでしょう。

自分の子供の頃の記憶を掘り起こしてみても、体罰を与える先生というのは大抵言うこと聞かない生徒を黙らせる目的でやってました。

そうなるとどうなるかって、生徒たちはその先生には極力近づかないようになるか、あるいは悪ガキ系の生徒は度胸試しとばかりにその先生をからかい始めるかの二択です。どちらにせよ、その先生のコトを色眼鏡でしか見なくなるんですよ。そうなると、余計にまともなコミュニケーションなんて成立しないですよね。

体罰が教育や指導として効果的な時があるとするならば、体罰の受け手が「この体罰には意味がある」と思えるときに限定されるんじゃないのかな。自分に奮起を促すためとか、自分の目を覚まさせるためにこの人は体罰を与えたのだ、と。それくらいの信頼関係があって初めて体罰というのは意味を持つ気がします。しかしまー、これも一歩間違うとカルトめいてくる気がしますが。

しかしなんにせよ、そこまでの信頼関係のある師弟関係というのも極めて稀でしょう。親が子に与える体罰が比較的容認されてきたのは、血の繋がらない他人より高い信頼関係があると見なされているからで。でも、それすら単なる暴力に発展するケースが少なくなく、問題視されたりするワケですが。

なので、体罰は一律NGである、という考え方は基本的には間違ってないと思うんですよね。「一度叩くくらい」とか、そういう程度問題でも無いんですよ、コレ。

体罰に怯えた生徒が言うことを聞いて表面上は丸く収まるケースもあるでしょうが、それは結局問題を潜在化させただけで。まー、「俺が担任の間は面倒起こしてくれるな」という先生にはベストな解決方法なのかもしれませんがね。