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「F1のボス」バーニー・エクレストンとは何者か

今年最初のF1ネタ。バーニー爺さんが、F1運営組織の取締役から外れるってニュースが出てましたね。

F1の商業面のボス、バーニー・エクレストンが、贈賄の容疑で裁判を受けることが決定し、この件が片付くまではF1の取締役会のメンバーから外れることとなった。

via: エクレストン、F1取締役の座から外れる。贈賄問題で - F1ニュース ・ F1、スーパーGT、SF etc. モータースポーツ総合サイト AUTOSPORT web(オートスポーツweb)

現在、バーニー爺さんは贈賄の疑いでドイツの検察から起訴されている立場で、その件が収束するまでの措置というコトではありますが……。取締役から外れるとは言え、F1の業務から外れるというワケでもないようですが、今までバーニー爺さんがガッツリ取り仕切ってきたF1の運営が変わっていく契機になるのかもしれません。もし有罪なんてコトになったらなおさら。

エクレストン氏の決定を受け、F1レースの未来をけん引するため 次世代の指導者が就任する可能性がある。同氏はF1のCEOとして日常の業務運営を続けるが、F1理事会の副会長でCVCの代表であるドナルド・マッケンジー氏のもとでこれを行う。今後はF1のいかなる契約についてもマッケンジー氏の承認が必要となる。

via: F1のトップ、エクレストン氏が理事会を辞任 - WSJ.com

バーニー・エクレストンとは

F1を語るときにバーニー・エクレストンという人物の存在は外せませんが、このバーニー爺さんって何者かっていうとやっぱり「F1界のボス」って言い方が一番しっくりくる気がします。F1の規則(テクニカル・レギュレーションやスポーティング・レギュレーション)などを策定しているのはFIA国際自動車連盟)ですが、F1の興業面(F1の開催カレンダーの決定だとか収益の分配だとか)を全面的に仕切っているのがバーニー爺さんです。

元々バイクショップをチェーン展開するなど経営者として頭角を現し、若かりし頃は自らもステアリングを握りレースに参加していたみたいで、Wikipediaの記述によればモナコGPにエントリーしたコトもあるんだとか(結果は予選落ち ⇒ バーニー・エクレストン - Wikipedia)。1950年台なんでF1黎明期の頃ですね。

その後ドライバーとしての才能には見切りを付けたものの、マネージャーとしてF1に関わるように。死後にワールドチャンピオンを確定させたことで有名なヨッヘン・リントのマネージメントをやったりしたあと、1972年に名門F1チームだったブラバムを買収、チームオーナーの座に。

バーニー時代のブラバムには、後に「16戦15勝」を達成するマクラーレンMP4/4をデザインするコトになるゴードン・マレーが在籍しており、次第にマシンの戦闘力も向上。テールに巨大な扇風機……ファンが付いているBT46Bもこの時代のクルマ。ブラバムとして一番好成績を残したのはネルソン・ピケがエースとなった1980年台初頭で、81年と83年にピケがチャンピオンを獲得。

バーニー爺さんがマネージャーとして関与し始めた頃の1970年台のF1はまだアマチュアリズム溢れるものであり、良く言えば牧歌的、悪く言えば草レース的な雰囲気が残ったモノだったみたいで。んで、元々経営者としての才もあったバーニー爺さんは、参戦チームを代表して興業面のマネージメント(ギャラの交渉とか)を買って出るようになったと。

結果、バーニー爺さんがまとめ役となってFOCA(Formula One Constructors Association)が発足。この動きを嫌ったFIA側との対立なんかを経て、1981年にF1運営に関する諸々を定めたコンコルド協定FIAFOCAで結ばれ、興業面の管理はバーニー爺さんに一任されるコトに。その後組織の形態はコロコロ変わっていくんですが(コロコロ変わる上に節税対策もあって組織が複雑に分かれてるカオス状態)、「バーニーがF1興業面のボス」という点だけはまったく変わってません。

なぜずっと「F1のボス」として君臨しているか

なんでそれだけの長きに渡ってF1の興業面を支配し続けられたかといえば、ひとつはF1を今のような巨大なビジネスに発展させてきたのがバーニー爺さんの手腕によるものだからでしょう。それまでレースごとに参戦台数すらバラバラだったのを、全チームに出走義務を課し出走台数を保証するコトで開催権料増額やらテレビ放映を拡大させたりだとか。あるいは、FIAが無茶なレギュレーション改訂をぶちあげたときに、チームとFIAの間に入って調整したりだとか。

くせ者揃いのF1チーム代表者や自動車メーカーを束ね、さらに各国のレース主催者とネゴり、FIAともうまく付き合って行ける人物。まーなかなかそんな人材居ないですよね。

もちろん、それでもやっぱりチーム側の不満が噴出したりしてF1分裂の危機が叫ばれたコトも何度かありましたが、結局最終的には分裂には至らず適当なところで収まっちゃうんですよね。その辺もバーニー爺さんの手腕、なのかもしれません。とにかくこの人、人心掌握に長けているみたいで。

元HRD(ホンダ・レーシング・デベロップメント)社長の田中詔一さんが書いた『F1ビジネス』という本には、バーニー爺さんのエピソードも書かれています。

デスクをはさんで一対一で話をしている時、注文したコーヒーの遅れを非常に気にして、一度は電話で、その次は自分で席を立って、秘書を強く叱責する。そして戻って来てから、なぜ遅れたのかを詳しく、恥ずかしそうに私に説明するのだ。
別のある時、私はオフィス近くに路上駐車したものの、持ち合わせのコインが少なくて、15分しかパーキングメーターを有効にできなかった。その後、彼と昼食に出る予定だったのだが、事情を話すや秘書に大量のコインをもってこさせ、彼が車を運転し、私の車の前で止まり、自らパーキングメーターにコインを入れるのである。その時彼が乗っていたのはトヨタ車だったのだが、私を助手席に乗せる時、「あなたにとっては正しい車ではないけど、自分で運転しないんならいいでしょ?」と冗談を言うことも忘れなかった。

via: 『F1ビジネス ―もう一つの自動車戦争 』角川書店 70ページより

「F1のボス」なんて言われて、イギリスでも屈指の大金持ちであるバーニー爺さんにこんな振る舞いされたら、たぶん私なら恐縮しすぎて卒倒すると思います。開催権料や各種コストの調整といったビジネス面では非常にシビアなイメージが強いですが、一方で権力者として偉ぶらず、相手を尊重する態度も見せる。アメとムチの使い分けが絶妙なんだろうなぁ。

そしてなにより、バーニー爺さん自身がF1を愛しているのでしょう。そうじゃなきゃ、こんなストレスで禿げそうなポジションを半世紀近く続けてられないと思う。もう十分過ぎるほど大金持ちになってるんだし、引退して遊んで暮らすコトだってできるのに。

F1界に於けるキャリアの長さと人脈、交渉能力の高さ、巧みな人心掌握、F1への情熱……こういったモノを全て兼ね備えているのがバーニー・エクレストンという人であり、その地位が揺るぎないものとなっている理由でもあります。

じゃあなんで取締役外れるとか言ってるのか

今回の騒動の発端は、F1運営会社の株式売買にあります。その辺の流れも先述の『F1ビジネス』に紹介されているので適当にかいつまんで紹介すると、

  1. 1999年にバーニー爺さんがSLEC(バーニーがCEOを務めるF1の商業権を統括する会社)の株式12.5%をモルガン・グレンフェル(ドイツの投資銀行)に売却。実は後から37.5%の株式を買い足せるというオプションつき。
  2. 2000年にそのオプションが行使され、さらに先に購入した分と合わせた50%の株式がEMTV(ドイツの放送会社)に売却される
  3. その後間もなくしてEMTVが財政難に陥り、キルヒグループ(ドイツを本拠とする大手メディアグループ)傘下に入る。キルヒはSLEC株をさらに25%買い増し、F1運営母体の75%の株式を握るコトになる。この際、バイエルンLB(州立銀行)らがキルヒに対し株式買収資金を融資している。
  4. しかし今度は2002年にキルヒが破綻。キルヒに融資していたバイエルンLBらがSLEC株式のを肩代わりした。
  5. 債権回収目的の銀行団に75%もの株式を握られている状況をチーム側は懸念、独自シリーズ立ち上げの動きも見せる
  6. 2006年、バイエルン州立銀行が保有していた株式をCVCキャピタルパートナーズ(イギリスの投資会社)が買収。F1のオーナー会社となる

ちなみに『F1ビジネス』が執筆されたときにはまだCVCの買収まで話が進んでいなかったようで、6については書かれてません。バーニー爺さんとしても、銀行団に過半数の株式を握られたままにしておくのはまずいという判断もあったんでしょうね。CVCは今もF1のオーナーとして君臨しているワケですが、それでもバーニー爺さんはF1興業を仕切るボスとして活躍中。それは結局、バーニー爺さんに代われる人材が居ないからに他なりません。

ただ、このCVCの買収を成功させるために、バーニー爺さんがバイエルンLBの役員に賄賂を渡したとして、ドイツの検察から起訴されちゃってるワケです。ちなみに受け取った側の役員は2012年に実刑判決が下ってます。

元『BayernLB(バイエルンLB)』の銀行家であるグリブコウスキーは背任、脱税、および2005年のF1の株式売却の際にバーニー・エクレストンから2,800万ポンド(約35億円)を受け取ったかどで有罪判決を受けた。27日(水)、グリブコウスキー裁判の締めくくりにクリストフ・ロドラー検事はエクレストンについて"恐喝の被害者ではなく、贈収賄の共犯者だ"と論じている。

グリブコウスキーは先週、ミュンヘンの法廷でエクレストンから受けた支払いが賄賂だったとの申し立てが"基本的に真実"だと話していた。結果としてエクレストンは汚職で自らの裁判に直面することになりそうだ。

via: グリブコウスキーに8年6カ月の判決 | Formula 1 | F1ニュース | ESPN F1

で、今度はバーニー爺さんの番、というワケです。

さすがにコレで有罪が確定したりすると、CVCとしてもバーニー爺さんの後任を指名せざるを得なくなるでしょうね。問題はそれが誰になるのかというコトと、その後のF1の運営にどういう影響が出てくるのかというコトです。

なんせこれだけの長きに渡ってF1の興業を仕切り続けてきて、唯一無二の存在と化していた人物です。ひとりの爺さんの首が飛ぶというだけの話では済まされないでしょう。

ミハエルのスキー事故の件といい、今年はサーキット外の話題がいろいろ出てくる年なんですかね……。

F1ビジネス―もう一つの自動車戦争 (角川oneテーマ21)
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