大須は萌えているか?

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クルマの運転において、「譲る」ことは必ずしも良いことではない

最近ブログで交通事故の話題を多くしてしまっているところ恐縮なんですが、すいません今度は交通ルールの話させてください。きっかけは、名古屋で起きたこちらの事件。

暴行の直前、山本容疑者は前に止まっていた男性の車が側道から来る複数の車に「道を譲ったこと」に腹を立て、クラクションを鳴らしたり横付けするなどのあおり運転をしていたということで、調べに対し「何台も譲るので頭にきた」などと、容疑を認めているということです。

via: あおり運転し暴行、男(83)を逮捕 複数の車に道を譲ったことに腹を立て 名古屋・緑区(中京テレビNEWS) - Yahoo!ニュース

まず大前提として、この事件の容疑者のやらかしたコト、つまり煽り運転をしたうえに相手に暴行を加えた、という行為はまったく許容できるものではありませんし、もちろん犯罪行為です。どうぞ法の裁きを受けてください。

ただ、この容疑者を犯罪行為に駆り立てたトリガー、つまり『前に止まっていた男性の車が側道から来る複数の車に「道を譲ったこと」に腹を立て』というのは、いちドライバーとして理解できる部分があります。まあ、「複数の車」というのが何台かにもよりますけどね。2台なら「まあ仕方無いか」、3台だと「ん?」、4台だと「ヲイヲイ」、5台だと「ンゴゴゴゴゴ」という感じでしょうか(?)。

自動車の免許持って、ふだんから交通量の多い街中を運転する機会の多い方なら、なんとなくこの感覚って理解してもらえるのではないだろうかと思うんですが、どうもはてブのコメントなんかを見ていると「なんで譲ったことで腹を立てられないとイカンの?」みたいなコト言っている方もちらほら居るので、ちょっと記事にしておこうかな、と。

まず現場となった道路ですが、名古屋市緑区国道302号線の北平部交差点ですかね。片側二車線の普段から交通量の非常に多い場所です。現場を側道側からストリートビューで見るとこんな感じ↓。

見るとわかるように、合流するのは信号の手前になります。そして側道側には「止まれ」の標識と道路標示があり、合流する302号の方が優先道路であることが明示されています。そして、すぐ向こうに信号交差点がありますが、この側道の合流ポイントはその手前、つまり「交通整理が行われていない交差点」となります。このとき、側道から来たクルマはどうしなければならないか?道路交通法第三十六条2項。

車両等は、(中略)交差道路が優先道路であるとき、又はその通行している道路の幅員よりも交差道路の幅員が明らかに広いものであるときは、当該交差道路を通行する車両等の進行妨害をしてはならない。

via: 道路交通法

交差道路、つまりここでは国道302号のことですね、を走っているクルマの進路妨害をしてはならない、というコトになります。まあ、当たり前っちゃ当たり前ですね。通常は、302号を走っているクルマの流れが途切れたタイミングを見計らって合流する必要があるワケです。

しかし、です。この道は交通量が多くてなかなかクルマの切れ目が無い上に、すぐ目の前が信号交差点です。つまり、信号が赤になると側道との合流地点もあっという間に塞がれてしまい、これだと側道からやってきたクルマはなかなか合流するコトができません。こういう場合、「譲り合いの気持ちを持つ」というのは大切なコトです。困ったときはお互い様。

さらにしかし、です。交通法規上の優先権を持っている側が、優先権を持っていない側に譲るというのは本来避けるべきです。そうした交通法規を上書きするような譲り方をしてしまうと、ルールで定められた優先権が意味を為さなくなってしまい、事故を誘発する危険性すらあります。

例えば、自分の前に一台クルマが走っていて、信号の無い交差点で側道(優先権の無い道路)から一台クルマが合流しようとしている。優先権は当然こちらにあるので、そのまま通り過ぎようと思ったら、前のクルマがブレーキを踏んで譲ろうとした。こんなところで前のクルマがブレーキを踏むなんて想像しておらず、そのまま追突……なんてケースが考えられますね。過失割合的には追突した側の責任も大きいんですが、優先権のある側のドライバーが譲るコトで、他のドライバーにとっての「想定外」を引き起こし、事故を誘発してしまうというコトです。

また本来的に、優先道路というのは交通量の多寡等を考慮し、交通の流れをスムーズにするために定められているものです(たまに「なんでこっちが優先なんだ」みたいな不思議な交差点もありますけど)。原則として、それは守られるべき。しかし、それでは側道のクルマがいつまで経っても合流できない……というコトで、多くのドライバーがやっているのが、「信号待ち等で止まった際、自分のすぐ前に合流しようとしているクルマが居るときは譲る」というパターンなワケですね。これなら、元々止まっているんだから追突される心配はない。

ただ、側道にクルマが何台も滞留していて、それ全部に譲ってしまっていたのでは、これはこれで優先道路の流れを阻害してしまうコトになるワケです。そこでさらに、あちこちでなんとなく暗黙のルール化されているのが、信号で止まっているときに側道のクルマ1台に譲る。青信号でクルマが動き出したら、1台譲ってあげたクルマはそのまま前進し、その後ろのクルマが発進を軽く遅らせて側道の次の1台に譲り、といった具合に1台ずつ譲っていくパターン。優先道路の流れを殺さないようにしつつ、側道で滞留しているクルマに配慮するっていう折衷案ですね。

ただ、これも「なんとなくそうなっている」というレベルのものです。嫌な言い方をすると、優先道路側のドライバーに本来譲る義務なんてものはありません。先に例を挙げたように、譲るコトがむしろ害になるケースも有り得ます。ただ、ルールをあまりに杓子定規に解釈してしまうと、それはそれで困ってしまうケースも出てくるからこそ「譲り合い」を大事にしましょう、と言われるワケで、それゆえの「1台ずつ譲る暗黙のルール」というワケです。

話を元に戻しますと、この事件の容疑者は、被害者のクルマが側道のクルマを何台も前に行かせ、優先道路側の流れを完全に止めたコトに対して怒ったワケですね。ましてや、すぐ目の前が信号交差点になっていますから、あんまり交通の流れを止められると信号が赤に変わってしまう、という焦りもあったでしょう。

クルマの運転において譲り合いの気持ちは大事ですが、なんでもかんでも譲れば良いかというとそういうモノでもありません。場合によっては、それが交通法規に矛盾してしまい、他のドライバーに混乱をもたらす元になってしまいます。過ぎたるは及ばざるが如し。

以前から、信号の無い横断歩道を渡ろうとしている歩行者に対して、なかなかクルマが止まろうとしないというコトが問題になっていますが、これは本来、横断歩道を渡る歩行者に優先権があると道路交通法に明記されているからです。第三十八条。

車両等は、横断歩道又は自転車横断帯(以下この条において「横断歩道等」という。)に接近する場合には、(中略)該横断歩道等の直前(道路標識等による停止線が設けられているときは、その停止線の直前。以下この項において同じ。)で停止することができるような速度で進行しなければならない。この場合において、横断歩道等によりその進路の前方を横断し、又は横断しようとする歩行者等があるときは、当該横断歩道等の直前で一時停止し、かつ、その通行を妨げないようにしなければならない。

via: 道路交通法

これはもう「譲る」とかってレベルではなくて、横断歩道を渡ろうとしている歩行者がいる場合には、クルマは一時停止しその通行を妨げないようにする「義務」があります。これは、側道から優先道路に合流しようとするクルマと同じ立場ですね。

どうも「譲る」というのは善意の表れで、それは無条件に肯定されるべき……みたく考えている人がいるように見受けられるのですが、それはちょっと違うんで無いかな、というお話でした。