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人は信じたいものを信じるのだなあ、と痛感する1冊『戦後最大の偽書事件「東日流外三郡誌」』

知っている人は知っている、知らない人はまったく知らない(読み方もわからない)、『東日流外三郡誌』の顛末についてまとめられている本を読んでみた話。

戦後最大の偽書事件「東日流外三郡誌」 (集英社文庫)
斉藤 光政
集英社

著者の斉藤光政氏は青森を中心とした地域紙である東奥日報の記者だった方。戦後間もない頃に青森県内の民家で「発見」されたという「古文書」、『東日流外三郡誌』(つがるそとさんぐんし)に関する取材を1992年頃から行い、その一部始終をまとめた本になります。元々は2006年に出版された本なんですが、2009年に文庫化され、さらについ最近(2019年3月)に加筆修正を加えられて再文庫化されたもの(そして表紙のイラストが安彦良和だ)がKindleでも出ていたので、読んでみた次第。実のところ私、『東日流外三郡誌』は名前は聞いたことある、程度のもので、『竹内文書』と同じような眉唾物の「古文書」である、くらいのことしか知りませんでした。

東日流外三郡誌』を「発見」したのは和田喜八郎という人物で、ご本人曰く昭和22年(1947年)に自宅の天井を突き破って箱が落ちてきて、その中に『東日流外三郡誌』他大量の古文書が入っていたんだそうな(これらを総称して「和田家文書」と呼ぶ)。それが1970年代に入って、津軽半島にある市浦村(現五所川原市)の村史の一部(資料編)として出版されることとなり、一部歴史好きの間で話題に。その反響を受けて、弘前や東京の出版社からも発行され、話題を振りまき続けたとのこと。

その内容はまさに「超古代史」とでも言うべきもので、ヤマト王権の時代に古事記日本書紀には記述されていない、東北地方を中心とした一大王国が存在していた(しかもその初代の王は東北に亡命してきた邪馬台国の王様だった)……というところから始まり、その王国が一度は倭国を征服してしまった(なので、天皇はこの東北の王国の末裔ってことになる)ものの、その後分裂と争いを繰り返し、鎌倉時代には南部氏によって国は滅ぼされてしまう……という壮大なストーリー。

そこだけ聞くとニワカには信じがたい話には見えるんですが、この『東日流外三郡誌』の内容を信じる人が意外とたくさん居たようで、歴史学者の中にもこれを支持する人が居たというんだから、なかなかに驚きです。

著者が『東日流外三郡誌』を取材するようになったきっかけは、『東日流外三郡誌』の内容に盗用があるとして民事訴訟が行われたことによります。原告は、自分の写真と論文の一部が盗用されたと主張。江戸時代後期に書かれた古文書であるはずの『東日流外三郡誌』が現代の写真と論文をなぜ盗用できるかといえば、それが古文書などではなく、現代人の手によって書かれた「偽書」だからである……と。これがきっかけとなり、『東日流外三郡誌』を巡る真贋論争が勃発するワケですが、そこからの顛末がまあ面白い。

東日流外三郡誌』の筆跡鑑定では発見者の和田喜八郎の直筆によるものだとされ、『東日流外三郡誌』以外の和田家文書からも現代の書籍からの盗用が発見され、そもそも『東日流外三郡誌』を最初に世に送り出した市浦村の中にも当初から偽書疑惑を持つ人が居た、なんて証言も飛び出し、こりゃもうどうみてもインチキだろって話なんですが、それでも「これはホンモノだ」と言い張る人たちがいる。

なぜこのような「偽書」が生まれるのか、またなぜそれが「偽書」であると疑うに足る証拠が出てきても、それを信じ続ける人が居るのか、というのが、この本の大きなテーマといっても良いでしょう。

「自分が信じたいものを信じる」という人間の心理、真贋は二の次で話題になりさえすればいい、という地域や出版社の思惑、そういったニーズを敏感に嗅ぎ取り、そこに商機を見いだす人間。それぞれがそれぞれの欲を満たすことができるという、ダメな意味での「三方良し」がそこに成立してしまっているのが、こうした偽書やオカルトがはびこる一番の理由なのかもしれません。

私も以前訪れた、青森県の「大石神ピラミッド」や「キリストの墓」も、これまた有名な偽書である『竹内文書』が根拠になっているシロモノであるにも関わらず、今でも観光の材料として使われているワケですしね。そして私みたいなのがホイホイ行っちゃうから……(⇒ 夏の青函連絡ツアー その2:青森・秋田でMMR聖地巡り)。なお、和田家文書の中にもこの青森県のキリスト伝説や、さらにはムー大陸ノストラダムスの大予言ネタまで盛り込まれているというんだからスゴイ話です。オカルト好きが喜びそうなネタがてんこ盛りになっている、非常にサービス精神旺盛な古文書なんですねえ。

しかしこういう人間の心理って、オカルトだけに留まらず、ネットの世界でも問題になってたりしますからねえ。「それを求める人がいるんだから、嘘をついたっていいじゃないか」という考えを持つ人は、たぶんそんなに珍しい存在でもないんでしょう、きっと。そして、自分が「そうあって欲しい」と思っていることに沿ったストーリーを無批判のまま「事実」として受け入れる人と、「儲かればいいじゃない」っていう出版社がその存在を支え続けると。

あれ、そういえば最近また、このケースにドンピシャな本の話題が出ていたような……。

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