大須は萌えているか?

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大塚明夫『声優魂』を読んだ

面白いとの評判を聞いて、星海社新書から出ている大塚明夫著『声優魂』を読んでみました。

声優魂 (星海社新書)
リエーター情報なし
講談社

面白かったです。

ホントに最初から最後まで声優になるのはやめとけと言いっ放しの内容で、それゆえ非常にスタンスが明快でさくさく読めました。筆者は声優を「ハイリスク・ローリターン」だと言い、声優になるというのは職業の選択では無く、生き方の選択であると言います。

「声優になる」というのは職業の選択ではありません。
「生き方の選択」なのです。
充分な収入が得られるかわからない。成功するかどうかなんてもっとわからない。下手したら、幸せにすらなれないかもしれない……。
そんな中で持つべきは、「声優という職業につけるよう頑張ろう」という夢やら意気込みやらではありません。自分は声優として、役者として生きるのだ、という覚悟です。

via 『声優魂』 42~43ページ

声優、というか役者とかそういう芸能の世界で生きていく、というのが如何にリスキーかいうのはちょっと想像してみればなんとなく理解はできるんですが、何十年と声優としてやってきた筆者が語るとやはり重みがあります。

本書の中でくどいくらいに声優はやめとけと語っているのは、その極めてリスキーな生き方を選択するのだ、という覚悟をしないまま業界に飛び込んできてしまう人が多いというコトの裏返しなんでしょうね。いやまぁ、実際声優じゃなくても、ものすごく甘い認識のまま変な業界飛び込んじゃう若者は後を絶ちませんが……。

で、一度声優という生き方を選択したのならば、そこで食っていくための生存戦略を練らなければならない。声優は「良い演技をすれば仕事が貰える」なんて単純なものでもないので、単に演技力を磨くだけでなく、人脈の構築だとかそういう部分にも力を入れていかなきゃいけない。でも、恐らくそういう視点を持てる人というのが物凄く少ないんでしょう。

個人的には、若手は皆もっと「主役がやりたい」「大きい役がやりたい」と望むべきだと思っています。本数ではなく、より大きな役を求めて戦うべきだと。そうやってあがいているうちに、その姿勢がディレクターやプロデューサーの目に留まって「こいつにもう少し大きい役やらせてみようかな」と思われたりするのですから。

そのためには、先輩に組み付いていく、利用することも必要です。
うちの事務所のマネージャーたちはよく新人に「先輩に現場に連れていってもらいな」とすすめるのですが、実際そうやって現場にくっついていく新人はほとんどいないようです。私のところに頼みにくる子もいません。

via 『声優魂』 133ページ

尻込みしてしまう、あるいは先輩を利用するなんて……という悪い意味での潔癖症、でしょうか。でも、ほとんどの人はまともに食えない世界で食っていくには、どうやってキャスティングの権限を持つ人間に近づくか、そういう部分も意識していかないといけないワケですよね。

しかし、こういう話は声優や芸能の世界に限らず、サラリーマンの世界だって同じコトで。仕事を任せられる立場になるには「自分はこういうコトができます」と、どんどんアピールしていかなきゃいけない。サラリーマンだってそうなんだから、ましてや声優の世界じゃそれこそちょっと阿漕なくらいに利用できる機会は片っ端から利用していかないと、という話で。

自分が良い仕事をし続けていればいずれ誰かが目を掛けてくれる、なんてのは多くの場合ただの幻想です。他人が認めてくれなきゃそれは自己満足に過ぎず、そして他人に認めてもらうには自分からアピールしていくしかない。偶然他人が自分の仕事ぶりを見て評価してくれる、ていうケースも無くは無いでしょうが、極めて低い確率でしょう。

ただ、必死に技術を磨いて、周囲にアピールしまくったところで、それでも仕事が来るとは限らないというのがまた声優の残酷なところ。サラリーマンなら社員として会社に在籍していれば毎月給料は貰えるし、ちゃんと技術を磨いてアピール出来る人間ならクビになることもまず無いでしょう。しかし、声優の場合、仕事が無ければ収入も無い。結局声優だけでは食えないから、掛け持ちでバイトをしながらなんとか食いつながないといけない。

そういう状況でも腐らず前を見据えるコトができるか、自分の生き方を後悔しないか、というコトをこの本は延々と問うてきます。オマケに、声優の場合「大成功」と呼べるレベルでも、芸能人みたいな大金持ちに成れるワケでもない。それでも声優として生きていきたい理由があるのか、それは声優になるコトでしか達成できないものなのか。……うん、声優なんてやるもんじゃないですね。

私はてきとーに働いて得たお金でてきとーに遊べればいいや程度のコトしか考えてない人間なのですが、それでもこの本には結構考えさせられるところがありました。いやだってさ、サラリーマンとしてやっていくんだ、というのも生き方の選択なワケですよ。それに、いくら本人が出世なんて興味無いとか思っていても、いい年こいてマネージメントのひとつも出来ない人間を会社は雇っておきたくは無いでしょう。

そう考えると、テキトーにサラリーマンで食っていくにも、声優ほどじゃないにせよそれなりの戦略が必要なワケです。自分の生き方を実現するために磨いておくべきは何か。誰に認めて貰えればいいのか。そういう意識は、社会で生きていく上で誰にも多かれ少なかれ求められる……そんなコトを再認識させられた本でした。

にしても、芸能やスポーツ・政治といった世界で2世が目立つのは、成功した親がそれなりの財を成しているから失敗しても食いっぱぐれる心配は無い、親が持っているコネでアピールしやすい、等々の理由があるからですよねぇ。大塚明夫も言ってみれば役者の父を持つ2世というコトになりますが、やはり父親の人脈はキャリアを形成する上で役に立ったそうです。

収入を得る手段を失っても食うに困らない財産があるワケでも無く、親のコネがあるワケでもない(そもそも他界した父はそういうのが大嫌いだった)私は、何を武器にこの先の人生やっていくか……なんてコトを考え始めるととても不安になってくるので、ついつい現実逃避したくなるんですけど。

覚悟を持たない行き当たりばったりな人生を貫く、という生き方もアリな気もするんですけどね。覚悟を持たない覚悟と言いますか。うん、なんかもう考えるのがめんどくさくなってきたのでこの辺で。そのうちなんとかなるだろう(by 植木等)。