大須は萌えているか?

gooブログからこっちに移動しました

アイルトン・セナの事故を引き起こしたもの

ちょっと前に、はてなブックマーク経由ですがやみつるさんが書いたアイルトン・セナの事故に関するレポートを読んだんですけど、読んでてちょっと違和感を持ったりしたりして。

1994年F1サンマリノGPにおけるアイルトン・セナ死亡事故発生のメカニズム|すがやみつる|note

ちょいとこのレポートを引用しつつ、セナの事故についてダラダラ書いてみます。

なぜハイテク装備は禁止されたか

まずセナ事故の遠因として94年から施行されたハイテク禁止のレギュレーションが挙げられているんですが、

これらのハイテク技術が禁止された理由は、予算の高騰防止にあるとされていたが、実際には、ハイテク技術に優れた1チーム(ウイリアムズ)のマシンが、他のチームに抜きん出て速かったため、これを抑制するのが目的だとされていた。

via: 1994年F1サンマリノGPにおけるアイルトン・セナ死亡事故発生のメカニズム|すがやみつる|note

確かにそういう側面もあるかもしれないんですが、これらのハイテク装備禁止の一番の主眼は「速くなりすぎたマシンの平均速度を落とすこと」にあったと記憶しています。アクティブサスやトラクションコントロールといった装備は高次元でのコーナリングを簡単に実現でき、コーナリングスピードがそれ以前のマシンよりかなり向上していました。

それぞれのパーツがちゃんと機能していればマシンは安定しているんですが、その分ひとたびトラブルが起きた場合に、大きな事故に繋がりかねない懸念があるワケです。ハイテク禁止前の93年モナコGPなんかでは、フリー走行中にデイモン・ヒル(確か)のマシン制御に異常が発生し、アクティブサスが4輪とも上に跳ね上がってしまい、亀の子状態になりコースアウトするなんていうトラブルもありました。

これらのハイテク禁止に加えて、95年からは更なるコーナリングスピード抑制を目的としたレギュレーション改訂も予定されており、これはセナ事故の前から決まっていた話です。セナの事故により、それらの改訂が一部前倒しで導入されるコトになり、それが各チームにもたらした混乱の方が問題視されるべきかも。

また、コスト削減もハイテク装備禁止の理由のひとつだったコトは間違いなく、セミオートマなんかはコストの削減に寄与する(シフトミスによるエンジンブロウの抑止)として、規制の対象から外れています。まー、ハイテク装備もそのまま普及が進めば、ローコストになっていったんでしょうけどね。当時、鈴木亜久里の在籍していたフットワークはTAGとマクラーレンが開発したアクティブサスのユニットを購入する形で導入してましたし。

あと、ハイテク装備だけに限っていえば、マクラーレンベネトンも急ピッチでアクティブサスやトラクションコントロールの熟成を進めており、禁止前年の93年時点においてはウィリアムズの優位性はそこまで高く無かったんじゃないでしょうか。ベネトンなんて、4WS(四輪操舵)まで導入したりして、ハイテク武装という点ではウィリアムズより進んでいたかもしれません。

そういう意味では、ハイテク禁止の目的がウィリアムズを押さえつけることにあった、と言い切ってしまうのは、違和感があるのです。

ハイテク禁止が事故の遠因なのか?

このレポートでは、ハイテク装備が禁止になった⇒マシンがコントロールしにくくなった⇒事故が起きやすくなった、という流れを示唆していますが、まー正直これは結果論ではないかと思います。

ハイテク武装で固められたF1マシンは、非ハイテクマシンに比べ独特の操縦フィーリングとなっており、ドライビングにもある種のコツが求められたと聞きます。92年、マンセルが僚友のパトレーゼより圧倒的に速かったのは、ハイテクマシンを乗りこなす勘所を掴むのが上手かったから、とも。

その感覚に慣れたドライバーが、再び非ハイテクマシンに乗り込んだとき、そこに戸惑いを覚えるのは当然かと思います。それに加え、チームも最適なセットアップをまだ知らない状態ではなおさら。これはある意味どうしようもない事象であり、かといってそういう事態を懸念してハイテクをこの先ずっと禁止すべきでない、というのもどうなのよ、って話。

ただ、当然F1ドライバーはその辺の感覚のズレをアジャストするコトくらいは当然できるハズ。セナほどのドライバーなら尚更。それでもセナが開幕戦でスピンしたりしていたのは、FW16というマシンのキャラクターがセナのスタイルに合っていなかった、と言うべきでしょう。

サンマリノGPで起きたバリチェロやラッツェンバーガーの事故もハイテクの有無に関わらず起きうるものですし(縁石の使いすぎ)、この辺をひとまとめにハイテク禁止の影響を遠因とするのは違和感があります。

ステアリングシャフト再接合の要因

セナの事故の原因はステアリングシャフトの破損によるもの、と裁判で確定されましたが、なぜ破損したかといえばレース前にチームがステアリングシャフトを切断し、太さの違うシャフトを噛ませて再接合しており、その部分の強度が弱く破損したものとされています。

なぜそんなコトをしたのかというと、セナの要望があったからなんですが、このレポートではこんな風に書かれています。

セナの乗るウイリアムズは、コーナーでの応答特性を高めたいセナの強い希望によって、サンマリノGPの直前、ホイールベースを短縮された。その結果、ステアリング・ホイールの位置がドライバーに近づくことになり、運転しづらくなったとセナが訴えたため、チームは緊急にステアリングコラムを切断し、ジョイントで短縮されたステアリングコラムをつなぐことにした。

via: 1994年F1サンマリノGPにおけるアイルトン・セナ死亡事故発生のメカニズム|すがやみつる|note

私が今まで読んだ記事なんかでは、元々FW16ではステアリング周りがかなり狭くなっており、セナが好んだ大径のステアリングが付けられなかったと。しかしサンマリノでそこを改善するようセナが求め、ステアリングシャフトを再接合し位置をやや下げ、ステアリング周りのモノコックを少し削るコトで対応した……という話だったと記憶しているんですけど(『F1倶楽部』16号「アイルトン・セナ裁判」の記事など参照)。

ホイールベース短縮の話は初めて聞いたんですが、これ参考資料として挙げられているものの中に記載されている話なのかなぁ……。ただ、急遽ホイールベースを短縮する場合サスペンションアームの角度によって調整するコトになると思うんですが、その場合ステアリング位置にまで影響及ばないような気もするんですけど、どうなんでしょ。

あと、ピーキーなマシン特製に手を焼いていたのに、ショートホイールベース化を要求するというのもイマイチしっくり来ない話です。余計にスピンモードに入るのが早くなっちゃう気が……?

セナ事故のあとに変わったコト

ラッツェンバーガーとセナの死亡事故がF1界に与えたインパクトは大きく、その後ヒステリックなくらいの勢いで「安全対策」が実施されるコトになりました。マシン側で言うとエンジンパワーの抑制とコーナリングスピードの更なる削減、そしてドライバー頭部や頸椎の保護。

そしてドライバー側(GPDA)が強く求めたのが、コース側の安全性改善でした。今思うと、事故が起きたイモラのサーキットはエスケープゾーンが非常に狭く、高速でコースアウトしたまますぐコンクリートウォールがあるような箇所が多かったですしね。バリチェロがクラッシュした箇所はまだタイヤバリアがありましたが、ラッツェンバーガーもセナも、高速のままコンクリートに激突し、命を落としています。

ただ、そうした流れの中で「ハイテク装備を復活させよう」という声は聞いた記憶がありません(最近アクティブサス復活が議論されていますが、それはまた別の話)。

セナの事故は、速くなりすぎたコーナリングスピードを規制し始めた矢先に、それまであまり目を向けられていなかったサーキットの安全性に関わる弱点を突いて起きた事故だったと思います。レポートで指摘されている安全性とスペクタクルの間で揺る続けるという構造はレースの宿命ともいうべきものですね。

レースである以上、常に危険は隣り合わせです。そのリスクを取り払うコトはできないし、ドライバーはそのリスクに同意した上でレースに臨んでいる。しかし、そのリスクを最小化する努力は継続されるべきです。セナの事故から20年が経ち、F1ではそれ以来ドライバーの死亡事故は起きていません。しかし、クビサのカナダでの大クラッシュや、マッサがハンガリーで頭部にパーツが直撃する事故など、「あわや」というケースは起きています。

安全性を追求するならば、そもそもフォーミュラカーの形状を根本から変えるべきです。剥き出しになったタイヤは乗り上げる危険性があるし、ドライバーの頭部も乗り上げてきたマシンや飛んできたパーツの直撃を受けてはひとたまりもありません。

それでもフォーミュラカーがああいう形をしているのは、それがフォーミュラのアイデンティティになっているからで。モンテカルロ市街地コースも今の安全基準から見たらどう考えてもNGですが、それでもこの先モナコがF1のカレンダーから消えるコトは無いでしょう。

そういう、安全性とは相反する価値観も内包しているのがレースの世界です。でも、大げさに言ってしまえば、それは人の営みそのものではないですかね?だからこそ、私はF1レースが好きなのです。