大須は萌えているか?

gooブログからこっちに移動しました

『番狂わせ 警視庁警備部特殊車輌二課』は、押井守流のパトレイバーへの愛情表現。

私がアニメというモノを好きになるきっかけとなった作品のひとつが、『機動警察パトレイバー』でした。夜にWowowかなんかで放送されていた新OVAシリーズを偶然みて、すごく興味を持ったんですよね。

そのとき見たのは「VS」という話だったんですけど、OPとかを見るとロボットアニメのはずなのにロボットがまったく活躍する気配がない。それどころか、温泉旅館みたいなところで隊員達が酒飲んで大騒ぎするだけで1話が終わってしまう。それを見て、「こんなのアリなのか」とよくわからん衝撃を受けてしまったんですね。

んで、その後初期OVAシリーズやテレビシリーズも存在するコトを知り、それを順に見るようになって。もちろん、多くの話ではちゃんとロボット(この作品では「レイバー」と呼称される)が出てくるんですけど、この作品のキモはレイバーの活躍そのものではなくて、もし現実の東京に二足歩行する人型巨大ロボットが存在する余地があるとしたら、どういう形が考えられるだろうか?ということを真面目に、あるいはバカバカしく描いているところなのだろうなぁと。

んで、初期OVAや劇場版で監督を務めている押井守にしてみれば、たぶん「そもそも二足歩行のレイバーなんてもの、現実的には存在し得ないんじゃね?」という身も蓋もない結論なんだろうなぁという気がします。基本的に押井守が監督や脚本やってる話って、レイバー活躍しませんからね(私が最初に見た「VS」は押井守脚本ではないですけど)。最初の劇場版とかは数少ない例外ですけどね。

しかしその、ロボットアニメの体裁をとりながらもその存在をどことなく否定してみせるような話を見て、「アニメってこんなに自由なモノなんだなぁ」と感心したんですね。なので実は、ゆうきまさみのコミックをベースにした「グリフォン編」とかはあんまり好きじゃなかったりします。なんかふつーのロボットアニメっぽいので。内海課長と黒崎くんは好きですけどね?

んで、その押井守パトレイバーを題材に書き下ろし小説を出すというので、とりあえず買って読んでみたのです。

番狂わせ 警視庁警備部特殊車輌二課
押井守
角川春樹事務所

なんで今になってパトレイバーの新作小説?と疑問に思ったんですけど、どうも今野敏の小説に特車二課(パトレイバーのレイバー隊の名称)が登場しているらしく、それがきっかけで押井守がこの小説を書いたのだとか。んで、作中には返礼として今野敏作品(『東京湾臨海署安積班』というシリーズもの)のキャラクターが登場しているそうで。ただ、私は今野敏の小説を読んだこと無いのでアレなんですけど。

んでこの『番狂わせ』という小説、「押井守パトレイバーが好き」な人なら読んで損は無いかな、と思います。しかし「ゆうきまさみパトレイバーが好き」な人にはまったくオススメしません。

少しだけネタばらししてしまうと、劇場版パトレイバー2の如くレイバーは一番最後にならないと出番がありませんし、一応パトレイバー2から連続した時間軸上の物語ではあるんですが、かつての第二小隊の隊員たちは登場しません。主人公の名前は「泉野明」ですが、「いずみ のあ」ではなく「いずみの あきら」という男性隊員(横手美智子のノベライズに登場する源氏名ではない)。他の隊員もかつてのメンバーの名前をもじったキャラクターばかりで、唯一シバシゲオだけがそのまま登場。

あらゆる分野に進出するはずだったレイバーも、結局複雑なシステムと高額なコストによって大して普及もせず、よってレイバー犯罪も深刻な脅威にはなり得ず。陸自のレイバー大隊構想も試験運用の域を出ず、レイバーの軍事利用は荒唐無稽の類であるとして部隊は解散。つまり、ガチでレイバーが「不要」とされてしまった世界。

本来なら、そんな状況で特車二課が存在する意味も無くなっているハズなんですけど、パトレイバー2で起きた事件(柘植のアレ)に於いて警備部は大失態を演じ、そして特車二課には「借り」があるというコトで辛うじて存続を許されている状態。

パトレイバーの小説だと聞いて「また野明や遊馬、太田の活躍が見られる!」とか「グリフォンみたいなレイバーと戦うイングラムが見られる!」とか期待して読み始めてしまうと、たぶん冒頭数十ページ読んだ段階で本を破り捨てて大暴れしたくなるコト請け合いです。

日本に遠征に来るヨーロッパの有名サッカーチームに対しテロ予告が出され、特車二課もその警備に当たる・・・というストーリーなんですが、物語の全編にわたってサッカーのうんちくがとにかく多い。ただ、私はサッカーに全然興味が無い人間ですが、それでも結構理解しやすく書かれていたので助かりました。んでこのサッカーの話が最終的に意味を持ってくるんですが、ただ「パトレイバーの小説を読んでるつもりが、なぜかサッカー小説になってたでござる」と言わんばかりのバランスになってしまっている感はあります。

でもね、この小説、今という時代を反映したパトレイバーとして、結構面白いと思うんですよ。リーマンショック以降の景気を考えると「レイバーなんてコストのかかる機械、結局は普及しませんでした」というのもなんか説得力があるし、柘植の事件を解決に導いた先輩隊員たちには到底かなわない(実のところ、初代第二小隊のメンバーも問題児揃いのハズだったんですが)と匙を投げつつも、内心では高いプライドを持ってたりする泉野明(いずみのあきら)を始めとする現・第二小隊メンバーもなんだかイマドキっぽい。

そして、一番面白いのは、「レイバーなんて結局不要だよね」と言いつつも、「それでも、レイバーというモノが存在する余地があってもいいよね」という、なんともツンデレ気質なメッセージが物語に内包されているところです。

延々と語られるサッカーの戦術論は「こんな時代に特車二課みたいな組織が生き残るにはどうしたらいいか?」という問いかけでしょう。それを直接的には書かずにサッカー論として書いちゃうあたりが押井守のヒネクレ加減が出てて面白いなぁと。

そうしたヒネクレた感情が端的に出ているのが、物語序盤にあるシゲと泉野明(いずみのあきら)の会話シーンかなと。

「二足歩行ロボットという存在自体が、純粋な工学技術の成果というより、ある種の願望やフェティッシュの産物だったんだ、要するに」

そう結論して、シゲさんが御宣託を終えた。

真に遺憾ながら、それは事実だった。さしたる合理的根拠もなく、ロボットに二足歩行させようなんて考えたのは日本人だけだし、そのロボットに愛称までつけたのも日本人だけだ。

「でも嫌いじゃないスけど、個人的には」と俺が呟き、

「オレだってそうだけどさ」とシゲさんも呟く。

顔を見合わせ、二人揃って大笑いした。

via: 『番狂わせ 警視庁警備部特殊車輌二課』25ページより

 

「レイバーなんて不要だとは言ったけど、べ、別に嫌いだなんて言ったワケじゃないんだからねっ!」と、そんな感じでしょうか。

私はそんなコトを妄想しつつ割と一気に読めてしまったので、個人的には良作だ、と言っておきます。でもやっぱり、万人に勧められるモノでは到底ありません!でも、「パトレイバー」「押井守」「上海亭」「立ち喰い」といったキーワードにピンと来た方は買っても損は無いですよ!

2013/9/25 追記

実写版パトレイバーとこの小説の関連について思うところを書いてみました↓。

実写版パトレイバーは、小説『番狂わせ』とはまた違う内容になると思う