大須は萌えているか?

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足助の山城 ~真弓山と飯盛山をぶらぶら

久しぶりのお出かけネタです。例によってウチのかーちゃんに「城址に連れて行け」と命じられたからなんですが。

足助(あすけ)城

そんなワケでやってきたのは、地元愛知県の豊田市足助町にある足助城です。城が在った山の名前が真弓山というので、真弓山城とも言ったりするらしいです。

場所は紅葉で有名な香嵐渓から車でもうちょっとだけ進んだところでして、香嵐渓行くついでに寄るには悪く無さそうな場所。

ちなみに、香嵐渓の中心にある香積寺(こうじゃくじ)が建っている山は飯盛山と言い、この山には地名にもなっている足助氏が飯盛山城という山城をかつて築いておったそうな。ただ、その足助氏は鎌倉時代が終わる頃には少しずつ勢力を弱めていったようで、一族は離散し飯盛山城は廃城に。代わりにこの地で台頭したのが(三河)鈴木氏という一族で、彼らが築いたのがこの足助城というコトみたいです。

現在一部建築物が復元されており、それもあってか入場料(300円)が必要だったりします。復元とはいっても、特に構造物の資料が残っているワケではないので、発掘調査で発見された跡から推測して造られたものですね。

石垣は特に無かったようで、代わりに土塁ようなものが積まれてました。

築城年代は不明とされているものの、松平清康徳川家康のおじいちゃん)がこの城を攻めたという記録が残っているそうなので、戦国時初期には存在していたお城なんでしょうきっと。なので、いわゆる天守閣があるような城ではなく、砦に近い性格のものですね。近年復元された城って、天守なんて無かったはずなのに鉄筋コンクリ製の天守を造っちゃったりしがちですが、ここはあくまでオリジナルに近いものを想定しながら復元されたようです。

なぜか「はねあげ戸」なんてのまで復元されてたりして。

城詰めの兵が寝泊まりしたり作業したりしていたであろう長屋も復元されていたんですが、こういう小さい山城だと最大何人くらいの人間が詰めていたんでしょうか。あんまり大人数は無理っぽいけど。

そして山頂に本丸が。この建物は天守ではなく、高櫓って言うみたいです。後ろに立ってるアンテナはNHKのものみたい。

鈴木氏の家紋は「下り藤」と「抱き稲穂」。

稲穂は鈴木姓の代表的な家紋だそうで、そのルーツは熊野神社に稲穂を奉った神官、氏子という話。熊野信仰の全国的な普及と共に鈴木姓も広まっていったみたいで、この足助城の鈴木氏も元を辿ると熊野の御師だったとかって話もあるそうな。

本丸からは信州方面へ向かう街道を見下ろすコトが出来、眺望は抜群。

高櫓の中には入るコトもできるんですが、この屋根ってスギのこけら葺きになっており、張り替えにはすげーコストが掛かるんだとか。ただ、復元以降放置してたら経年劣化で雨漏りするようになってしまい、昨年張り替え作業を行ったとのこと。

スギ……ってそういえば、やはりここ山の中だけあって花粉症がいつもよりひどいような……。

なお鈴木氏、今川に攻められたり徳川に攻められたりして服従しつつも半独立勢力としての地位を保っていたようなんですが、武田信玄が2万以上の兵を率いてやってきたときにはたまらず城を明け渡してしまったそうで。しかし、その後程なくして信玄が没し、徳川が足助を再度奪取し鈴木氏が足助の領主としてカムバック。その後、徳川家康豊臣秀吉に命じられ関東に転封となった際にそれに付き従い、同時にこの足助城は廃城になったとのこと。

香嵐渓飯盛山

足助城を見終わったあとは、せっかくなので香嵐渓にも寄ってみました。紅葉の時期でも無い香嵐渓行ってどうすんの、って説もありますが、実は香嵐渓ってカタクリの花も名物としてPRしてたりする(⇒ カタクリ群生地~現在の様子はこちら | 足助観光協会)んですよね。

見頃は3月中旬から4月上旬とされているので、うまくいけば……うん、なにも咲いてないね!

よーく見ると、ちょっとだけ咲いてる。とても分かりづらいけど。

この有様だけ見て帰るのもシャクだったので、そのまま飯盛山を登るコトにしました。歩いて15~20分くらいで登れますが、日頃運動不足の身としては息が切れて死にそうになったのは言うまでもありません。山頂も特になんかあるわけでも、眺望が良いワケでもありませんが……。

一応、岩に「足助氏城跡」と刻まれているのを確認できたので良しとしましょう。

帰りは香積寺方面に下りていったのですが、途中「装束塚」てのがありました。

南北朝時代の関白・二条良基が戦乱を逃れて足助に来ていたようで、その際足助氏7代目惣領・足助重範の娘との間に子供ができたと。その後良基は京都に戻ってしまい、形見として貰った装束を良基の死後塚に祀ったので装束塚。なお、このとき生まれた子供が、後に犬山城主ともなる成瀬氏の祖となる成瀬基久だそうで。知らなんだ。

さらにその近くには、鈴木氏5代の墓までありました。

にしても、飯盛山に来てからさらに花粉症の症状が悪化したりして。ここ数年、私はオフィスで仕事してたりするときにはそこまで酷いレベルの花粉症の症状は出ない(ちょっと鼻が気になる程度)んですが、ここはヤバイ。足助城の真弓山でも花粉が気になったけど、飯盛山はさらにヤバイ。……と、香積寺の入り口にあった説明書きをふと見ると。

「杉木立ともみじの香積寺」……そうか、ここってモミジ(カエデ)の名所であると同時にスギの名所(?)なんだ。そりゃこうなるわ。花粉症の人は春先に香嵐渓に来てはいけない……!