※この記事は、「春の北海道縦断ツアー その3:旭川~層雲峡~襟裳岬~苫小牧」の続きです。今回でラスト。
苫小牧~神威岬
3泊4日の旅行も最終日。旅行2日目から3日目にかけて、宗谷岬から襟裳岬までを走破したせいか体が程よくダルいですが、帰りの飛行機は夕方なのでこのまま千歳に行っても時間がダダ余りです。そんなワケで、あと北海道で行ったコト無い場所を考えた結果、積丹半島の神威岬まで行ってみるコトに。
苫小牧からだと、ナビのルート的には高速道路を使って札幌経由で行った方が速いと出ましたが、せっかくなので往路は下道でニセコの北を抜けていき、帰りは小樽から高速を使って千歳へ向かうルートとしました。なんやかんやで300kmオーバーの距離を走るコトになるみたいですが、それはそれ。
このルートでは軽く峠を越えたあと、「蝦夷富士」とも呼ばれる羊蹄山をずーっと眺めながらドライブするコトになります。初めて見ましたが、非常に立派な山容ですねぇ(↓写真右が羊蹄山、左は尻別岳)。
羊蹄山を通り過ぎたあとは、ひたすら国道276号~229号を進んで積丹半島の西側から岬を目指します。途中、神恵内(かもえない)村の道の駅で休憩したんですが、ベンチに流木で作られたというアート作品が展示されてました。
……なぜかツナギを着たいい男に見えてしまったんですが、気のせいでしょうか。
ついでに、道の駅の前の道路をパノラマで撮ってみたりもして。この日も非常に良い天気。初日以外は概ね快晴に恵まれたのはラッキーでした。
そしてもうしばらくクルマを走らせて神威岬に到着。艦これで実装された、この岬にちなんだ名前を持つ補給艦は「かもい」と読むようですが、こちらは「かむい」で良いみたいです。
ここも観光客に大層人気があるようで、朝から駐車場にはかなりのクルマが駐まってました。さっそく岬の突端を目指して歩いて……ってアイエエエエ!?通行止ナンデ!?
確かに、このときかなりの強風が吹いてました。前日訪れた襟裳岬よりスゴイ風が。ホントに、少し身をかがめないと体が持ってかれそうになるような。そんな風が吹いている状況で、この道を歩いて行くのは……
うん、自殺行為だな。
天気が良いから油断してましたが、この岬の一番の天敵は「風」というコトなんでしょうか。それにしても、この岬に着くまでは風が強いなんて全然思わなかったのに、岬一帯ではとんでもない強風が吹いてるのって一体なんなの。
まーしかし、この突端ぶりはすごいねー……。襟裳岬よりもさらに地の果て感ある。
ここには太平洋戦争中に設置されたというレーダー跡が。宗谷岬から樺太ほどじゃないにせよ、ここからもロシアが割と近いからなー。
さらにこの神威岬には、平泉から落ち延びてきた源義経がここから船で旅立ったという伝承まであるそうな。で、身を寄せていた蝦夷地の酋長の娘が義経に惚れていたものの、義経が何も告げずに旅立っちゃったものだから発狂してこの岬から身を投げ、突端にある神威岩に姿を変えたとか。
こんな伝承があるから義経がモンゴルに渡ってチンギス・ハーンになった、なんて説まで出てきちゃうのかと思いつつ、この伝承っていつ頃出来たんでしょうね?
神威岬~小樽
神威岬を見物したあとは、積丹半島の東側を通って小樽へ向かいます。小樽からは高速に乗って、札幌を通り過ぎて千歳へ向かう算段。積丹半島も海鮮が美味しいコトで定評のある場所なので、どこか適当なお店で海鮮丼でも食うのもアリかな……と思いつつも、連休の影響もあってかどこのお店もかなり混雑していたので、スルーしちゃいました。
とはいえ、まだ飛行機の時間までは余裕がありそうだったので、どこか寄っていこうか……というコトで、小樽の石原裕次郎記念館に寄り道。
なんで石原裕次郎記念館かって、そりゃ西部警察の車両を見たかったからですよ!
この記念館、今年の8月末で閉館するコトが決まっており(⇒ 石原裕次郎記念館、老朽化で来年閉館 北海道・小樽:朝日新聞デジタル)、見るなら今しかなかろうと。西部警察の車両は入館料の掛からないエリアに展示されており、かつ写真撮影も可能という気前の良さ(有料のエリアは撮影禁止)。
西部警察の車両の実物を見るのはもちろん初めてですが、マシンRSの内装とか、『ナイトライダー』のナイト2000が可愛く見えるくらいのゴテゴテぶりですね……。
マシンRS-1の横には鳩村のカタナR、そして大門の愛車であるスーパーZが。ガルウィングのドア、ペラペラや。
実際に見てみると、内装はかなりシンプル。てか、オートマだったんだっけ。
そして石原裕次郎演じる木暮課長の愛車、ガゼール・オープン。マシンRSやスーパーZはドアミラーだけど、ガゼールはフェンダーミラーなんですね。
子供の頃、このガゼールの車載電話がやたらカッコ良く見えた記憶が……。
時期的に、西部警察が始まった時期ってちょうど電電公社が自動車電話のサービスを初めて間もない頃だったようですが、
当時機器類はすべて電電公社からのレンタル品であり、保証金20万円のほか、月額基本料3万円、通話料が6秒で10円と、非常に高額であった。
via: 自動車電話 - Wikipedia
……これは木暮課長のポケットマネーから出ていたのか、国民の税金で賄われていたのか気になるところです。
入り口から奥に入ったところにある展示室には、マシンRS-2とRS-3も展示されてました。こちら↓がRS-2。
RS-2は逆側に開くトランクが特徴的。
中には特殊弾頭用の4連装発射筒が備え付けられてます。戦争でもおっ始める気でしょうか。
車両の側面から出てくる赤色灯も特徴的です。なんかぶつけそうでコワイんですが……。
そしてこちら↓がRS-3。ボンネットのダクトがRS-1・RS-2とは異なりますね。
情報分析車両として、でかいカメラとサートライトを備えております。この東芝製のカメラ、なんとも時代を感じます。
せっかくなので、入場料払って館内も見学したんですが、サファリラリーに挑戦するレーサーを描いた映画『栄光への5000キロ』で使用されたブルーバードや、石原裕次郎の愛車であるメルセデス・ベンツ 300SLと、ハワイで乗っていたというキャデラックも展示されてました。写真撮影不可だったのがちょっと残念。
裕次郎は300SLを溺愛していたようですが、西部警察のスーパーZがガルウィングになったのってこのクルマの影響もあったりするんでしょうか。
そんなこんなで
石原裕次郎記念館でクルマを眺めているうちに程よい時間となったので、あとは千歳へ向かいレンタカーを返却、帰路に就きました。クルマのトリップは3泊4日で約1700km、北海道は距離が伸びるなぁ……。昔インプレッサで来たときは、1週間で3000kmくらい走った記憶がありますが(しかもフルバケ入れた状態で)、さすがに今それやったら死ぬ。ていうか、この旅行から帰ったあと風邪引きました。
レンタカーだったのがちょっと残念だったものの、やはり北海道はクルマで走ると楽しい。次来るとしたら、道東ぶらぶらしたいですねぇ。釧路湿原、霧多布湿原、納沙布岬、知床半島、屈斜路湖、摩周湖……東は東で良いとこいっぱいあるし。ああ、しかし北の利尻・礼文にウニ食いに行くのも良いですねぇ。
またいつかそのうち行きたいと思います、北海道。