大須は萌えているか?

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京極夏彦『遠野物語remix』が面白かった

また最近読んだ本の話。Kindle版の『遠野物語remix』を読んでみたら、コレがなかなか面白くって。

遠野物語remix
リエーター情報なし
角川学芸出版

遠野物語』といえば柳田國男の名著として知られていますが、これはその『遠野物語』を京極夏彦が「リミックス」したもの。単に現代語訳するだけでなく、収録されている説話の順をテーマごとに入れ替えたり、意訳したりといったアレンジが加えられています。

遠野物語青空文庫でちらっと読んだことはあったんですが、ちょっと読みづらくて読了できてなかったんですよね。で、この『remix』を読んでみたら、一気に最後まで読めてしまいました。オリジナルの行間を補完するような形で京極夏彦流のアレンジが効いているのがツボでしたね。

例えばオリジナルではこんなテキストが……

されど長蔵はなお不思議とも思わず、その戸の隙に手を差し入れて中を探らんとせしに、中の障子は正しく閉してあり。ここに始めて恐ろしくなり、少し引き下らんとして上を見れば、今の男玄関の雲壁にひたとつきて我を見下すごとく、その首は低く垂れてわが頭に触るるばかりにて、その眼の球は尺余も、抜け出でてあるように思われたりという。

via 青空文庫柳田國男遠野物語』七九より

『remix』だとこうなります。

しかし頭に血が上っていた長蔵はそれを不思議とも何とも思わなかった。この野郎めと思っただけである。
長蔵はその戸の隙間に手を差し入れ、中を探った。
戸は三寸ばかり開いていたが、内側の障子はぴったりと閉じていた。
家の中には入っていない。いや、入れないのだ。そもそも三寸ばかりの隙間から人が入れる訳がないではないか。
長蔵は、そこで漸く恐怖を感じた。
あれはーー。
何だ。
長蔵は玄関から少し離れて引き下がった。つうっと上の方を見ると。
玄関の上方に渡った長押の上ーー雲壁の処に、男がぴたりと張り付いていて、長蔵を見下ろしていた。男は首を低く垂れて、長蔵の頭に触れんばかりに近付けた。
男の眼の玉は、その顔から一尺余りも抜け出ているように見えた。

via Kindle京極夏彦遠野物語remix』七十九より

なんという京極節。『あれはーー。何だ。』とかステキですね、この言い回し。

それと、『遠野物語』って柳田國男が遠野出身の民話収集家である佐々木喜善から聞いた民話を忠実に筆記したものであり、小説とはまた違った面白さがあるんですよね。

例えば、小説とは違ってキレイなオチが付かない話がたくさんあるんですよ。上に引用した話もそのひとつで、長蔵という男が妖怪としか思えぬような存在に出くわしたという話なんですが、このあとどうなるかと言えば「その後は特に何もなかった」で終わってしまうんです。これ、ホラー小説ならなんかのフラグじゃないですか確実に。でもそうはならない。

しかしそのある意味尻切れトンボな終わり方に、奇妙な怖さを感じるんですよ。実際に体験した話って、そんなキレイなオチが付くようなコトの方が少ないじゃないですか。そういう意味でのリアリティを感じてしまうんですよね。もちろん妖怪が実在するとも思いませんが、それに類する話はあったんだろうなと。

そうして考えると、河童とか座敷童という存在もなにか元になるものがあったんだろなぁ……とか。中には女性が河童の子を孕むような話もあるんですけど、これは一体なんのメタファーなのか。いろいろ妄想の余地がありそうです。

起承転結がハッキリしてる話じゃないとヤダ、という方にはあまりオススメできないんですが、妄想大好きな方はぜひ。1つ1つの話は短いので、移動中なんかでも読みやすいです。