大須は萌えているか?

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タケノコ掘りと慰霊碑銀座 in 蒲郡

先日、勤め先で左遷……いやさ異動があり、慣れない仕事でストレスが有頂天になっているらしい知り合いの荒川茂樹氏(仮名、東京在住、×1独身)から「どうです、ドライブでも(以下略)」と連絡があり、名古屋で落ち合うことに。

加えて、去年に河津桜だの犬山城だのを一緒に見て回った久住武史氏(仮名、某T大卒、独身)も一緒に、という話になり、今池のとある洋食屋さんでチーズカツとハンバーグを一度に食うなどという○十歳手前の男にあるまじき暴挙を男三人で繰り広げておりました。

で、また久住氏が「ウチの実家(蒲郡)に泊まってってください」と。しかしもう河津桜のシーズンは過ぎ去っておりますが。

すると久住氏、「今回はタケノコ掘りに行きましょう」と。

……タケノコ。キノコ狩りの男ならぬタケノコ掘りの男(3人)。前回同様の突拍子も無い提案にキョトンとしながらも、男は度胸なんでも試してみるのさ、とその提案に乗るコトに。一度も掘ったコト無いし(タケノコの話ですよ)。

タケノコ掘りへ

晩飯を食った今池から蒲郡まで移動後、久住氏実家の近所にあるコンビニで買い込んだ酒を飲み就寝。

……そして翌朝6時にたたき起こされました。「これに着替えてください」とヤンマーのロゴ入りツナギを渡され、「山の中を歩くので」と汚れてもいい用に使い古したスニーカーまで渡され、その用意周到ぶりに「一体このタケノコ掘りにかける情熱は何なんだろうか」と疑問に思ったりもしましたが、久住氏のご実家は農業を営んでおられるようで、その手のモノはゴロゴロ転がっているようです。

さらにタケノコ掘り用のクワと、掘ったタケノコを入れるための麻袋を渡され、軽バンに乗り込みクルマで10分少々の山の中へ。タケノコ掘りをする山も久住家の所有しているものだそうで、「実家が山を持っている」なんて相当な田舎の話だと思っていたのでびっくり、というかまぁ愛知県の山間部ってまぁ結構な田舎ではあるんですが。でも奥三河じゃなく蒲郡だよ?(愛知ローカルトーク

んで、軽で細い道を入り込んで行き、行き止まりでクルマを駐めてさらに細い獣道を上っていきます。整備されているわけではないので、途中には沢が流れていたり、倒木が道を塞いでいたりと、なかなかにチャレンジング。で、たどり着いた先には急な斜面から竹が無数に伸びておりました。

「斜面に生えてる小さなヤツを掘り返してください、まぁ多少大きくても食えます」とものすごくざっくりとした説明をされたのはいいんですが、とにかくタケノコが生えている斜面が急なのです。

その斜面をよじ登り、滑り落ちないように足場を確保しつつ土を掘り返すというのは想像以上にハードでして、なかなか上手く力を入れるコトができません。軽いノリで誘ってきたくらいなので、初心者にも比較的やりやすいモノなのだろうとタカをくくっていたのですが、完全に甘く見てました。日頃部屋でゴロゴロしている身には想像以上の重労働です。

それでもなんとか何本かは見つけて掘り出しましたが、根っこより上でぶった切れてしまったモノの方が多かったりして。

掘っていた時間は1時間にも満たないくらいでしたが、翌日良い感じに全身を筋肉痛が襲ったのは言うまでもありません。掘ったタケノコは久住家にあった釜で茹でてあく抜きされ、結構な量をお土産としていただきました。泊めてもらった上にお土産まで頂いて大変恐縮ではありますが、おそらく我が家だけで食べきれる量では無いので、ご近所の方にお裾分けさせていただきます。

三ヶ根山で驚いた

取ったタケノコを茹でて貰っている間、ちょっと周辺をぶらぶらしようというコトで、私が乗ってきたA180でラグーナ蒲郡にある温泉へ。入湯料が1000円ちょいと結構なお値段するんですが、浴槽が露天と室内の2つしか無いのが少々残念ではありました。

その後喫茶店でしばしくつろいでいたのですが、今度は久住氏が「スカイライン走りに行きましょう」と。いやまぁ運転するの俺なんですけどね?蒲郡には三河湾スカイライン三ヶ根山スカイラインという2つのスカイラインがあり、三河湾スカイラインは2006年に無料開放されてます。その分、路面がだいぶ荒れている上、展望台も閉鎖されてしまったため単に走りにくい山道と化しているという説もあるんですけど。

三ヶ根山スカイライン三河湾スカイラインからほど近い場所にあり、こちらは有料。走るなら三河湾だけで充分かなとも思ったんですが、なぜかその場のノリで三ヶ根山までハシゴして走るコトに。男3人で。三河湾は無料開放されてから1度走った記憶はあったんですが、三ヶ根山は子供の頃家族で来たような気がする程度で、ほぼ記憶にありませんでした。ただ、こちらは有料なだけあって展望スペースがあり、なかなか見事な眺望。

で、ふと「三ヶ根観音」「比島観音」と書かれた看板を荒川氏が見つけ、ちょっと覗いてみるコトに。そしてこの看板の指す方向に歩いて行くと、なんだかものすんごい数の慰霊碑が。

これらはすべて戦没した軍人の慰霊碑のようで、中にはラバウルの日本人捕虜収容所の地図が彫られた石碑まで。ラバウル基地サーバ所属の俺提督もびっくり。

そこでようやく「比島」ってつまりフィリピンの……と気付いたんですが、しかしなぜこんな夥しい数の、それもいろんな戦地の慰霊碑が密集しているのか。いやだって、三ヶ根山スカイラインって観光用の有料道路ですよ?戦没者の慰霊碑を建てるのに向いているとは思えないし、かといってこの慰霊碑にその名を刻まれた人たちが、皆この三ヶ根山の辺りに縁があったとも思えない。

で、あとで調べて見て初めて知ったんですが、この近くに殉国七士廟という東条英機を始めとする陸軍将校のA級戦犯7人を祀った廟があるんですね。不勉強なコトにまったく知りませんでした。そうなると、あの慰霊碑が建てられた経緯はなんとなく想像が付きますが……しかし、なんで三ヶ根山A級戦犯が祀られているのかはようわからんままなんですが。

まーこのブログでA級戦犯の話を掘り下げたいとは思いませんが、しかしとりあえずあの慰霊碑群はかなり異様な雰囲気ではありました。いや個々の慰霊碑がどうとかって話じゃなくてね?

なお、比島観音には朽ちた航空機のエンジンが置いてありまして、

横の看板をちらっと見ると「このプロペラとエンジンは第二次大戦中に勇名を轟かせた海軍の零式艦上戦闘機のものです。」と書かれているんですが……

よくよく見るとその下にさらに看板が追加されており、「改めて調査したら、このエンジンはゼロ戦のものじゃなかったっぽい」みたいなコトが書かれています。それなら上のゼロ戦のイラスト付き看板は撤去した方が良いんじゃないかって気がしますが……。そもそも、最初に「このエンジンはゼロ戦のものだ」と断定したときにはちゃんと調査しなかったんですかねぇ。

そこはかとなくトホホな雰囲気の漂う感じではありますが、ある意味この名状しがたい雰囲気は他の観光地では味わえるモノではなく、話のタネに行ってみるのも悪くない……かなぁ……。

ちなみに荒川氏や久住氏も三ヶ根山A級戦犯が祀られているなんて話は知らなかった模様。まぁ、靖国神社のデリケートさ加減を見ても、どこまで大っぴらにして良いのか迷うスポットではありますよね、ここ。ちなみに、我々が訪れた際には展望所に中国人の団体も居たんですが、この慰霊碑群見たらどういう反応するのかなぁ……。

一つだけ言うならば、私は過去の戦争の歴史を美化するでも否定するでもなく、このような歴史を2度と繰り返してはならない、と訴え続けることが大事なのではないかなぁ、と思っておりますが。歴史を学ぶというのは、人間を知り、未来への教訓とするためだと思っているので。

そんなこんなで

タケノコ掘りからなぜか変な方に話が逸れましたが、スカイラインを下りた後は蒲郡市内のイタリアンレストランで昼食を取り、その後久住氏宅でタケノコを頂いて解散。なんか妙に密度の濃い1泊2日でした。しかしよくよく探すと、愛知県にもいろんなスポットがあるもんだなぁ……。